2025年9月ウズベキスタン旅行記 【最終日 タシュケント】
2025年9月6日から11日まで、ウズベキスタン(サマルカンド、ブハラ、タシュケント)を旅しました。旅行記の最終日です。
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さて、ウズベキスタン旅行もいよいよ最終日。
今日は、サマルカンドからタシュケントへ移動し、夜のフライトまでタシュケント市内をブラブラする予定だ。
午前5:08発のアフラシャブ号に乗るために、4:00前に起床。
Yandex Go でタクシーを呼び、駅に向かう。日中は車通りが激しいレギスタン通りだが、さすがにこの時間はほとんど車は走っていない。サマルカンド駅まで10分もかからずに到着した。
駅につくと、早朝にも関わらず、かなりの数の乗客がいた。コーヒースタンドも開いていたので、コーヒーと軽食を買って、列車に乗り込む。
タシュケントまで2時間半。さすがに眠かったので、車内ではほとんど寝て過ごす。
7:30、タシュケント駅に到着。
重い荷物を持って一日歩き回るのは大変なので、どこかに荷物を預けたい。調べたところ、駅にはロッカーはなく、その代わり「手荷物預かり所」があるとのことだった。
列車が到着したプラットフォームから駅の建物まで、線路をくぐるように地下連絡通路が通っている。そこを歩いていくと、右手に手荷物預かり所が見つかった。
ここでちょっとした事件が。
荷物を預ける前に、同行者がトイレに行きたいというので、手荷物預かり所の前で待っていたところ、若い日本人女性が一人、同じように荷物を預けにきた。何気なく見ていると、なにやら会話が噛み合わない様子。しばらくするとその女性は荷物を預けず、大きなトランクを抱えて階段を上がっていってしまった。
何があったんだろう?と思っていると、窓口から、白い髭を伸ばした初老の男性が出てきて、少し困惑した様子で話しかけてきた。
ウズベク語なので詳しいことはわからなかったが、なんとなく把握できたのは、どうやら、彼女がスマホを使おうとしたところ、地下でネットがつながらず、窓口の男性は上に行けばつながるはずだから行ってみろと伝えたのだが、彼女はもうあっちに行けと拒否されたと勘違いしてしまったようだった。
確かに待っていても戻ってくる気配がない。探しに行って「違うみたいですよ」と声をかけようか迷ったが、こちらは2人分の荷物を抱えて身動きがとれないし...と逡巡しているうちに機会を逃してしまった。気にせず探しに行けばよかったなぁとすぐに後悔した。
そうこうしているうちに同行者が戻ってきたのだが、こちらはこちらで大変だったらしい。現地の人にトイレの場所を尋ねてその場所に行ってみたところ、ちょうど使用禁止で、別の人に聞いても同じトイレしか教えてもらえず、どうにかこうにか駅の外まで出てトイレにたどり着いたとのこと。
そんなわけで、到着してすぐにバタバタしてしまったが、気を取り直して市内観光を開始。
タシュケントの地下鉄は、駅ごとに特徴があり美しいということだったので、まずは地下鉄駅を巡ってみることにした。
地下鉄の乗り場まで来てみたが、地下鉄の乗り方がよくわからず、改札の前にいた駅係員に「チケットを買いたいんだけど」と尋ねると、「クレジットカードは持ってる?(はい。)だったら改札機にタッチするだけでいい」とのこと。料金体系がわからなかったが、言われるがままにタッチして入場。(改札から出るときにわかったが、何駅乗っても均一料金で、運賃は日本円で20円程度だった。安い!)
ちょうど朝の8時くらいで通勤・通学の時間帯。次から次へと列車がやって、たくさんの人が乗り降りしていく。これだけ見てもタシュケントが大都市であることがうかがえる。
まず、タシュケント駅から2駅のコスモナウトラル駅に行ってみる。ここは「宇宙」がテーマになっている駅だ。
続いては、アリシェール・ナヴォイ駅。イスラームのドームを組み合わせた天井が美しい駅だ。
次に降りたのはパフタコール駅。ホームに面した壁に、綿花をモチーフにしたタイルが飾られている。
30分ほど駅を巡ったのち、アミール・ティムール・ヒヨボニ駅の改札を出て、地上にあがる。
ティムール広場へ向かっていると、突如として目の前に巨大な建物が現れた。ソ連時代の1974年に開業した「ホテル・ウズベキスタン」だ。1階のロビーへ足を踏み入れてみると、現代のホテルには醸し出せない独特の空気が満ちており、70年代の面影が色濃く残っていた。いつか泊まってみたいなぁ。
すぐ隣にはティムール広場があり、ホテルを背に巨大なティムール像がそびえ立っていた。ガイドブックによると、ソ連時代はスターリン像が置かれていたが、ウズベキスタンが独立する際に、スターリン像を撤去してティムール像を建てたらしい。国民国家として一つにまとめあげるために、ウズベク民族の歴史的英雄であるティムールが称えられるようになったとのこと。
広場の南側には、ブルーの屋根が特徴的なティムール博物館があった。
中はきらびやかで、ティムールの家系図があったり、ティムールを称える絵画などが展示されていた。
博物館を出たあと、そのままナヴォイ劇場に足を伸ばす。
街を歩いていると、これまで訪ねてきたウズベキスタンの他の街とはまったく異なった印象を受ける。道が広々としていて、美しい街路樹が植えられており、街全体が整然としている。この辺りは新市街と呼ばれるエリアらしい。
調べてみたところ、1966年に発生した直下型大地震によって、タシュケントは壊滅的なダメージを受け、その後近代的な都市計画のもと街全体が造り直されたという背景があるとのこと。
ブハラやサマルカンドのような観光地ではなく、普通の都市生活者が暮らす普通の都市、という感じだ。
ランチは都会的でちょっとよさげな雰囲気のAfsona Shevchenkoで。おそらく10代ぐらいのテーブル係の若者が一生懸命英語で給仕してくれた。料理も美味しく、満足。
午後は地下鉄に乗って、中央アジア最大級のバザール「チョルスー・バザール」へ。駅を出たところからもう賑やか。人が溢れかえっている。あらゆる食料品から日用品、雑貨、花、衣類、電化製品など何でも売っている。軽く見て回っただけで2時間ほどかかってしまった。
その後、地下鉄オイベック駅まで戻り、スーパーでおみやげを買ったり、バザールをのぞいたりしながら、街を散策する。夕方になるにつれて、働いていた人たちが住宅街に戻ってきて少しずつ彩りが出てくる様子がとても都会的でよかった。
そのままタシュケント駅まで歩いて戻り、預けていた荷物を受け取る。Yandex Go でタクシーを呼んで、帰宅ラッシュで大渋滞のなか空港へ。
21:40発のフライトに乗って仁川に朝8:00につく。7時間ほど空港で寝て過ごして、16:00ようやく帰国。
ウズベキスタンは思った以上に安全で、街も人も魅力的で活気があり、食事も美味しく、とても旅行しやすい国だった。一番気に入ったのは古都ブハラ。中世のイスラム文化が色濃く残っていて、街のサイズも歩いて回るのにちょうどよかった。サマルカンドのバザールでのやり取りも楽しかったなぁ。今度は、日程の都合で行けなかったヒヴァに行ってみたいと思う。次は夏以外の季節に行くのもいいなぁ。
さて、次はどこにいこうかな。
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